今朝は寒かったですね!in 福岡!
この秋初めて、ファー付きのジャケットを着て出掛けました。
自転車の風除けにサングラス。乾いた空気が目に痛い!
ところでワタクシ、本日より、グループホームでのボランティアを始めました。
グループホームは、最大9人の認知症の高齢者が共同生活を行う施設です。
最近ホームヘルパー2級の資格を取得したので、もっとこの世界を知り、経験したい。
それで、何とかかんとか努力して、ボランティアの道を確保したのでした。
さて、全員が初対面の利用者の皆様方。
同じ話を何度も繰り返す。
脈絡のない単語を語り続ける。
大声を出したり、歌を歌い続ける。
誰かが私のものを盗むと訴え続ける。
諸々、諸々。
その中で、私に課せられた仕事は「利用者さん達と会話をする」ことでした。
スタッフは、食事の準備に洗濯や清掃、作業がたくさんあります。
その間、利用者さん達とコミュニケーションを取ることが困難になります。
「だから落ち着いて座って、ゆっくり話をしてもらうことが、一番助けになるのよ」とのこと。
さあ、想像してみて下さい。これが何と難しいことか!!
私が一日を通じてずっと感じていたのは、命というものの偉大さでした。
明治42年生まれ、百歳以上の方がお二人。
私が昭和46年生まれ、60年以上の開きがあります。
戦争はもちろん、関東大震災も経験済。
そんな百歳以上の方に会うのは、初めてのことでした。
「すごーい、かっこいい!!」
思わず口をついて出て、利用者さんに笑われたものでした。
休憩時間の都度、「神様、どうか私と彼らに通じる道を開いてください」と祈りました。
生活環境も年齢も、大き過ぎるほど違う私達の間の壁を、どうか取り払ってくださいと。
祈る度に、少しずつ、気持ちが変化して行きました。
自然な笑顔が浮かび、何だかここにいるのが楽しいな、と感じるようになったのです。
一日を終えて、所長が話し合いの時間を取って下さいました。
「認知症の人としてではなく、まず人間として捉えること。言葉や意志を明確に表現できなくても、利用者さんたちには『伝えたい』という気持ちがあるんだよ。」
単に生活のお世話をすることではなく、より本人の気持ちに近付くこと。
それが、この仕事の目指す目標。
そのために、偏見のない観察を繰り返し、スタッフ間での話し合いを繰り返す。
「そして何より、『楽しむこと』。これが一番、大切なことだよ。」
最後に所長はそう仰って、話を締めくくったのでした。
慈善を蒔く人の収穫は真実。
慈善は命への確かな道。…
命は慈善の道にある。
この道を踏む人に死はない。
(箴言 12:18,19,28)
今日一日の私が、立派に慈善の道を歩めたという自信はないけれど。
スタッフの皆さん、利用者の皆さん、ホームの雰囲気を見ていて。
ああ、慈善とは、何と尊い命の道であることか。
私もその道を、真摯な心で歩みたい。そう思ったのでした。
高齢者の皆さん、そしてその方々のために働く福祉の仲間達の上に、主の祝福が豊かにありますよう、どうか健康が守られますよう、祈りたいと思います。
おしまい。
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