主よ、私を憐れんで下さい

こんばんは。

今日は、主日礼拝のあと、主の晩餐式がありましたね。
私は求道中の頃、よくその様子を見学していました。
初めて見学した時、出てきたパンが普通の食パンだったので、
とても驚いたことを今でもよく覚えています。
もっと特別っぽい何かが出てくるだと思い込んでたんですね(笑)。

自分も聖餐に与ることに、ずーーーっと憧れていました。
そして今、毎月最初の日曜日に、パンとぶどう酒に与れることは、
私の心をとても暖めてくれます。

閑話休題。

私の趣味の一つに、「骨董」があります。
アンティークが大好きなんです。マニアと言ってもよい。
収集しているのは、和骨董が中心です。

そんな部屋の中に、「聖書コーナー」を作っています。
ここだけは洋物で揃えています。

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よく使う書籍を並べて、壁にクロスをかけています。

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このクロスは、フランスの1920年代頃のものです。
下には、小さな聖水受けがついています。
カトリックで実際に使われていたものなのでしょう。
古いものですが、状態は良好。
とても大切に扱われていたことが伝わってきます。

眺めては十字架にかけられた主を思い起こし、祈ります。
以前、踊先生にこんなことを教わりました。
「カトリックの修道士達は、祈りに先立ち、
『主よ、私を憐れんで下さい』と祈るのだそうです」と。

この話を聞いて以来、私は必ず最初にこんな風に祈ります。
「私はどんくさくてオロカモノで、まことに弱く小さな者です。
主よ、どうか私を憐れんで下さい」と。

ちょこちょこといいことが続いて、調子に乗っていると、
そんなお調子者の私に試練を与えるかのごとくに、
悲しいことや辛いことが起こって、ずどんとヘコみます。
そしてもっと強く、優しく、聡い人間になりたいと、心の底から願います。

「わたしを強めてくださる方のおかげで、
わたしにはすべてが可能です。」(フィリピ 4:13)

人なら誰しも、試練を乗り越えて前に進んでいく、
それだけの力を、神様は人ひとり一人に対して
授けてくださっているに違いないと思います。

今日はちょっとお疲れ気味で、ヘコんでいる私だけれど、
明日はきっと元気に笑って、一日を過ごせると信じます。
新しい週の始まり、皆様がそれぞれの場において
よい仕事や行いが出来ますよう、祈っています。

それではまた。
by §ともさん  at 21:56 |  信仰 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

お久しぶりです。HP管理人の§ともです。
今日はひどく冷え込みますね。

教会学校のページを更新しました。
紹介文を書いてくださった担当先生の皆様、お手数をおかけいたしました。
本当にありがとうございました。助かりました。

さて今日は、冷凍庫の中のような空気を切って、
自転車で鳥飼バプテスト教会へ向かいました。

鳥飼バプテスト教会では、九州バプテスト神学校の講義が行われています。
私は去年のイースターに浸礼を受けたばかりの新米クリスチャン。
なので、オープンキャンパス(←単位は取れない)で、
週に一度、木曜7時50分からの「新約聖書概論」を受講させて頂いています。
ちなみに、講師は踊先生です。

前回私は、踊先生にこんな質問をしました。

「テキストにある、AD2世紀頃にはやった『モンタヌス主義者』とは何ですか?
また、彼らによって教会が陥った『危機的状況』とはどんなものですか?」

いや、テキストが難しいんですよ、すごく。
さらーっと書いてある一文一文に、いちいちひっかかるんです。

で、今日の講義で、踊先生が詳しく教えてくださいました。
グノーシス主義のこと。
グノーシス主義者であったマルキオンという人物について。
そして、モンタヌスという人物と、彼が教会に及ぼした影響について。

簡単に言っちゃえば、モンタヌスという人は、
「自分こそキリストの約束した救済者である!」と主張、
禁欲と殉教を重視し、初代教会への回帰を強く訴えた熱狂主義者であったと。
「現実の社会にどう教会が適合し組織化するべきか」という正統派の考えに対し、
真っ向から対立する考えを主張する人々の集団。
それがモンタヌス主義者。

グノーシス主義、モンタヌス主義との闘いを経て、
今私たちが手にしている聖書があります。
信仰の大先輩方への感謝を怠ってはならないなあと思います。

さて、私は前述の通り、新米クリスチャン。ちなみに家族は仏教徒。
教会について、聖書について、信仰について、知らないことがたくさんあります。
いやむしろ、知らないことの方が未だ多いと言えます。
だから、HPが完成に近付くにつれて、頭を抱える羽目に陥りました。
分からないよー、書けないよー、と日々鬱々とうめいていました。
踊先生や他の教会員の皆さん、果ては家族に友人まで巻き込んで、
何とかかんとか形にしたのが、現段階のHPです。

話の締めに、踊先生はこんなことを仰いました。
「聖書は、その当時教会が置かれている状況を無視しては理解できない」。
現在の私たちについても、同じことが言えると私は思います。
今、私たちの教会はどういった状況に置かれているのか。
その中で、私たちはどのように聖書を理解するべきなのか。
常にこのことを念頭において、HPを管理していこうと思います。

HPは、ネットという仮想空間に建設された、もう一つの私たちの教会です。
どうか皆さん、HPについて、色々とご意見下さいね。
そして、たくさんたくさん、話し合いましょう。

何だか難しい話になってしまったので、口直し(?)に最近撮った写真をば。
こんなに寒いのに咲く花もあるんですよね。何だか元気付けられます。
お互い、風邪など引かないよう、元気にこの冬を過ごせますように。

それではまた。

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by §ともさん  at 23:27 |  信仰 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑